「どちらでもいい」を選ぶと人が羨ましくみえてくる

感受性
感受性
Dear Lady 編集部
by Dear Lady 編集部

とあるイベントで、面白い実験がありました。

「今から目の前の大きなスクリーンに、写真をどんどん映していきます。参加者さんの皆さんはそれをみて、瞬間的にスキかキライかを言ってくださいね」

司会の方がそう言い終えると、目の前のスクリーンには、食べものや植物、建物、風景など様々な写真が次々と映し出されます。そのイベントに参加している大人たちは、はじめは「スキでもないし、キライでもないし…」といった表情で口ごもるばかり。

ですが、2分、3分と経過すると、口からどんどんと「スキ・キライ」がはっきりと飛び出すようになりました。

どちらでもいいという選択

私たちは、いつから「どちらでもいい」という選択肢を持つようになったのでしょうか。

私たちは、いつから「みんなと同じこと」を選ぶ癖がついてしまったのでしょうか。

「どちらでもいい」はプロセスとしては必要なものだとしても、結果にそれを持ち出してしまうと、「どうでもいい人生」になってしまいます。

「どちらでもいい」ということはイコール「どうでもいい」ということです。

無難に普通に当たり障りなく「どちらでもいい」という選択をしつづけた結果、楽しくない「どうでもいい人生」になるのです。

安心感のある人生・楽しい人生

ある18歳の女の子が、進学のために関東から西日本へと引っ越し、暮らすようになりました。

これまで守ってきた「ふつう」は、西日本では「ふつう」ではなく、はやく「ふつう」になりたくて「ふつうの服」を買いこみました。

でも、あまりに似合わず、結局は「好きなものを着て、好きなように過ごすこと」にしました。

「ふつう」に溶け込めば安心ではあるけれど、「楽しい」とは限りません。でも「楽しい」という生き方は、みんなとはちがうかもしれないけれど「楽しい」のです。

あの頃の私は楽しかった。全てが思い通りに進んだ。

人生を振り返ったとき、ほんの少しの時期でも、そのように感じたことはないでしょうか。

子どもの頃? 中学生、それとも高校生の頃?大学生?

「どちらでもない」という結果を人生に持ち出さず、自分の人生を「どうでもいいもの」にしなかった頃のあなたは、きっと最高に楽しく「最強」だったのかもしれません。

なりたかった私になっているあの人

「どうしてあの人は、あんなに楽しそうなんだろう?」

「どうして、私は楽しくないのだろう?」

周りが羨ましくみえる時、それはあなたが、無難に当たり障りなく「どちらでもいい」を選び続けてきたことを示しているのかもしれません。

「これがしたい・これが好き」というアクセルを踏む以上に、「どちらでもいい」というブレーキを踏んできたのかもしれません。

ほんの2~3分でも、素直に好き嫌いを言葉にするだけで、「どちらでもない」から生まれるブレーキは外れていきます。

理想の人生を生きるためには、理想の自分を生きることです。

「どちらでもない」という選択をやめ、自分の人生を「どうでもいいもの」にしなかったあの頃のように、最高に楽しい人生をこれからも歩みたいものですね。

 

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